本は本でももっともだい(すまん、うちの田舎に元大ってのがあるんだ)

mulititudeという言葉の対極にあるのは、素直に考えればsolitudeである。自分のことを「寂しい」と思ってしまったインテリは、近代が生み出した「孤独」がいかなる構造をもっていて、その構造がどのように「愛」の欠如(あるいはそれに対する過剰な欲求)と結びついているか、ということを考えればいいのだと思う。1980年代にそれを一人で考えていたのは、柄谷行人じゃなくて、むしろ橋本治だった。橋本治という「思想」を迂回したすべての「現代思想」は、死にきれないインテリのための延命措置(気休め)としてはいいかもしれないが、すくなくともいま生きている多くの日本人にとっては無益だと思う。

いや橋本じゃなくて栗本だって(爆)。
(追記)
いや、彼は一人ではなかった。本人がそう書いていた。
そう考えると、橋本という線も同じかなぁ。
でも、橋本はそれほどたくさんは読んでないのでよくわからん。
橋本は68年の東大5月祭で次のようなコピーを書いたと言われている。

とめてくれるな
  おっかさん
背中のいちょうが
  泣いている
    男東大どこへ行く

で、どこ行ったんだね、君たちは?
造反無理とか柄谷に言われながら。
しかし、全学連だって、単に唐牛が「もれが突撃するから、もまいらも逝け」とかってつっこんだだけなので、それほどたいした話じゃないんだよ、多分。70年安保もたいしたことないんだろうけど。。
にもかかわらず、80年に中森明夫みたいなのが80年安保とかおよそありえないことを言っていた。ここまでたいしたことないと、ある意味感動的だ。
90年安保(そんなもんはない)は、バブル期。91年に湾岸戦争があったろ?だからそんときの若者は結局何したかと言うと、それこそ一人で考えるしかなかった。それが俺だ。一人安保。アンポンタン。ま、何人かそういう人がいたんじゃないの。知らないけど。
00年安保は知らん。あ、2chってそういうことだったのか会議。なるほど。
10年安保はどうなる?
というわけで、isedですよ。

(付記)
元大ってのはうちの田舎にあるかまぼこや。で、元は元でももっともだい、という宣伝をやっていたというだけの話。あまりのローカルさに全米がナイター、いや泣いた。